散歩道

東浦町にある乾坤院。
於大公園のすぐ横にあり、毎年、大相撲名古屋場所になるとここに、井筒部屋が部屋を開きます。



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東浦町に移り住んで4年、お隣の於大公園には何度も足を運んでいますが、乾坤院に行ったのは初めて。
とても静かでゆったりした空気の流れる、素敵な場所でした。

於大は尾張国知多郡の豪族 水野忠政とその夫人 於富の間に、父 忠政の居城 緒川城(愛知県知多郡東浦町緒川)で生まれた。
当時、三河で勢力を振るっていた松平氏とさらに友好関係を深めようと考え、於大を清康の後を継いだ松平広忠に嫁がせた。
1543年、於大は広忠の長男竹千代(のちの徳川家康)を生む。
しかし忠政の死後、水野家を継いだ於大の兄 水野信元が1544年に松平家の主君今川家と絶縁して織田家に従ったため、於大は今川家との関係を慮った広忠により離縁され、実家水野家の三河国刈谷城(刈谷市)に返された。
その後、於大は1547年には信元の意向で知多郡阿古居城(阿久比町)の城主 久松俊勝に再嫁する。俊勝との間にも三男三女をもうけるが、この間も家康とは音信を絶えず取り続けた。
桶狭間の戦いの後、今川家から自立し、織田家と同盟した家康は、久松俊勝と於大の三人の息子に松平性を与えて家臣とし、於大を母として迎えた。
於大は夫 久松俊勝の死後、剃髪して伝通院と号す。
於大の出生地、東浦町では彼女を記念して緒川の地に「於大公園」を整備し、毎年「於大まつり」を催している。
http://www.aoi-himetachinoyume.com/hime/01.htmlより引用



愛知に来て思うのは、本当にここは歴史が深く根付いたところなのだなぁということ。
名古屋城が街中にそびえ、そこから少し離れた岡崎市でもこれまら町の中心にお城がそびえ。
まさに城下として栄えた場所。
ちなみに我が家から車で1時間も走らないところに、桶狭間古戦場跡もあります。
写真を撮りながら、地元の歴史を探訪するという散歩をしてみたい今日この頃。


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